春が来たら京都近郊の山里を歩いてみたいと思っている。
その前に、白州正子の『かくれ里』を読んでおこうと幾度か手にしたのだけど、
ちっとも先に進まない。それは自分が、近畿方面の地理はもとより歴史文化も、
白州正子についても、あまりにも知らなすぎだからか。
結局、彼女の暮らしぶりを写真で追う『白州正子“ほんもの”の生活』をペラペラと
眺めただけで、『かくれ里』は1ページも先に進まなかった。やれやれ…である。

先日、知り合いの編集者に久しぶりに会った時、白州正子と須賀敦子に、
もうひとり兼高かおるを加えて、彼女たちに共通する品の良さや強さについての
話題になった。女性は強くならなければ自分の生き方ができない時代だった、
といってしまえばそれまでなのだけど。

ひと世代上の白州正子は別にして、ぼくとしては兼高かおる(1928年生)と
須賀敦子(1929年)に、もうひとり岸恵子(1932年)を加えたい。
須賀敦子本人の話を聞いたことはありませんが、
兼高かおるや岸恵子の話す日本語は美しくて、背筋がピンと伸びる感じがいい。

少し前に朝日新聞で紹介されていた岸恵子の言葉から、
この世代の女性の歩んできた道が推測される。

「フランスには『卵を割らないとオムレツは作れない』という諺があります。
 卵は割りたくないけどオムレツは食べたいというのはダメ。
 何か新しいことをしたかったら、持っているものを壊さなければならないのです」


京都近郊の山里を歩くとなると、思いのほか時間がかかるらしい。
もっと近くが現実的か。


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