渋谷のシアター・イメージフォーラムで上映中のドキュメンタリー映画『だれも知らない建築のはなし』を観てきました。原題は、『Inside Architecture』。2014年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で上映された石山友美監督の作品『インサイド・アーキテクチャー 日本社会への挑戦(Inside Architecture - A Challenge to Japanese Society)』に、追加取材を加えて制作されたもの。

 登場するのは、建築家・磯崎新を軸に、安藤忠雄、伊東豊雄、レム・コールハース、ピーター・アイゼンマン、チャールズ・ジェンクス、建築雑誌編集長の中村敏男(『a+u』)と二川由夫(『GA』)、そのほか福岡地所の藤賢一など。70年代からバブル期を経て現在にいたる日本の建築の変遷について、当事者である建築家たちが、どんな状況の中で、何を考え、悩みながら対峙してきたのか、インタビューに応えながら振り返っている。

 細川護煕が熊本県知事時代に「公共が後世に残せるものは建築しかない。なんとか文化的なレベルに建築を引き上げるにはどうしたらいいのか?」と考えたすえに、磯崎新と手掛けた「くまもとアートポリス」事業も映画の中で紹介されている。「後世に残り得る優れた建築物を造り、質の高い生活環境を創造するとともに、地域文化の向上をはかる」ことを目的に、公共建築を競争入札ではなく、コミッショナー制で決定するという、行政の取り組みとして異例なだけでなく、それが現在まで続いていることに注目する。現在の第3代コミッショナーは、映画にも出てくる伊東豊雄。

 90年代に入ってからは、住民参加型のワークショップを通してまちの未来を描くという流れが主流になる。そこでは「建築家の役割とは何か」という問いに加えて、映画の中で、東日本大震災後の復興支援として「みんなの家」プロジェクトに関わっている伊東豊雄自身が、地域住民と地方行政、建築家の三者が描いた未来の姿を、こんどは国が認めないことのいら立ちと限界について語っている。

 また、コミッショナーとして影響力を発揮してきた磯崎新は公開後のトークイベントで、まちの未来に必要な機能とは何か、それを働かせる建築物はどんな姿なのか、を住民参加で議論する必要性は認めたうえで、「…でもそれが都市になる、あるいはひとつの共同体の構成が全体として成立するかどうかは、また別のレベルの問題」と語る。

 映画は、これからの時代の建築と建築家の役割について、その方向性を示すのではなく、建築家たちがおかれている状況をそれぞれの視点で浮き彫りにする。映画を見ることですっきりした気分にはなりませんが、建築を取り巻く混沌とした状況はよく伝わってくる。

 つぎにどんな動きが起こるにしても、未来を語る時に最初にやるべきことは、いま、そのまちにすでに存在している公共建築について、住民(地域の建築専門家やコミュニティ運営者などもふくめて)による批評が必要なのだろう。そういえば、静岡県民にもっとも身近な磯崎新の建築物が、東静岡駅再開発地域にあるグランシップというのは偶然にしても興味深い。当時、磯崎案以外にコンペに提出された提案を、現在の視点でどう映るのかを検証してみることで、学ぶこともあるかもしれない。

 「正しい時間に、きちんと光が入る…凡庸でつまらないが、よく機能している」東京の建築に影響を受けたと語るレム・コールハース。映画の中でも映し出されるロッテルダムで手がけた彼の建築が東京的にもにみえてくる。それにしても、伊藤豊雄が公共建築を初めて手がけた時は、すでに47歳だったとは驚いた。

一番新しい静岡県の公共建築といえば、この春完成した草薙総合運動場新体育館「このはなアリーナ」(写真右)ですね。
映画『だれも知らない建築のはなし』



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映画『だれも知らない建築のはなし』




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