小さい書房、土曜社、里山社、港の人、赤々舎、ミル・ブックス、ゆめある舎、サウダージ・ブックス……、衰退が進む出版業界の中で増えている「ひとり出版社」。自分らしい働き方を実現する“小商い”の一形態としても、注目を集めています。今年7月に発行された『 “ひとり出版社”という働きかた』(西山雅子 編/河出書房新社)では、ひとり、または数人で出版社を立ち上げた個性豊かな10人の、「ひとり出版社」にたどりついた経緯や、仕事の状況、暮らしぶりを、著者である西山雅子さんが取材・執筆しています。

 「この先、ひとりで生きていけるだろうか。残りの編集者人生であと何冊、長く遺せる本をつくれるだろうか」。それは、かつて出版社に勤務し、現在はフリーランスとして、これからも本の世界で生きていこうとしている西山さんの、自分自身への問いかけ。今後の自分の働き方として「ひとり出版社」の可能性を確かめたい、という西山さんの思いが伝わってくるインタビューからは、編集、制作、流通、資金繰り…など、彼女自身が知りたいであろう内容に踏み込んでいて、十人十様の「ひとり出版社」のリアルな姿が伝わってきます。

 市場が縮小している出版界で「ひとり出版社」という新しい活路が広がりつつある背景には、ネット環境やデザイン、印刷環境のデジタル化などによって、出版への参入障壁が低くなったことに加えて、ネット上のバーチャルな売場と、町の小さな書店に代わって増えている大型書店の広大な売場の登場という、ニッチな商品でも棚が確保しやすくなった小売り現場の変化も見逃せません。一方で、そのような流れに対抗するように、個性的で、魅力的な小さな書店も増加。それら環境の変化に加えて、いい本を世の中に送り出す行為は、結局は人と人との信頼関係、熱意、志が不可欠であり、そこには組織の大も小もない、という受け止め方が市場や出版現場に広がってきたことも一因ではないかと思います。

 いまや著者が、自らKindleで電子書籍を制作・販売することもできる時代に、本書で紹介されている出版社はいずれも、プロダクトとして紙の本を作ることにこだわっています。それは取材対象を選んだ西山さんの関心によるものでしょう。そして、西山さんを含めて「ひとり出版社」を立ち上げた人たちに共通して感じられるのは、世の中で一番わからないものとしての人間に対する、純粋で、強い好奇心。

 サポーター制という読者会員の会費で運営され、毎日更新されているウェブマガジン「みんなのミシマガジン」。読者の声を制作現場に届ける代わりに印刷会社に紙代と印刷費を無償で提供してもらうことで成立している雑誌『月刊ミシマガジン』。これまでにない新しい出版のカタチを模索し、「“出版”と“継続”は同義語」と語るミシマ社の三島邦宏さんと、「圧倒的にいいものをつくることだけが、自分たちの未来の道筋を支えている」と語る赤々舎の姫野希美さんのインタビューは示唆に富んでいます。市場規模の小さな現代詩の世界に身を起きながら、大小、新旧さまざまな出版社と本を作ってきた谷川俊太郎のスペシャル・インタビューも読み応えあり。

“ひとり出版社”という働きかた。


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   『womo』11月号を発行しました。
   特集は、この冬食べたい「鍋」料理です。
  http://womonet.eshizuoka.jp/e1563583.html


“ひとり出版社”という働きかた。





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